高校3年の冬、学歴厨のDV&モラハラ男だった親父が蒸発した





524: 名無しさん@HOME 2014/08/27(水) 21:37:25.11 ID:keDLrYlAl
高校3年の冬、親父が蒸発したのが最大の修羅場。

親父はいわゆる「学歴厨」で、良い大学を出た(らしい)事だけが自慢の男だった。
何時も、共働きだったお袋の仕事を「底辺のやる事」と見下し、俺と兄貴には「専門学校なんて屑の行くところ」と口癖みたいに言ってたのを覚えている。
母方の親戚に対してもそんな態度だったから、年末年始の里帰りでは毎年鼻摘み者だった。
(例:お義兄さんって何処の大学出身なんですか? え、高卒? うわあ…)
それに加えて性格も粗暴で「誰に養ってもらってるか分かってんのか!」と、子供時代は何かと殴られたり怒鳴りつけられたりしていた。
小学生の頃、兄貴と兄弟喧嘩してただけで二人一緒に蹴られてベランダに叩き出された事もある。
家族にしても同僚にしても、暴力と暴言で何でも思い通りになると思ってる。昔はそんな言葉なかったけど、今にして思えば立派なDV&モラハラ男だったんだろう。


中学、高校に上がった頃、身体が大きくなったからか、気に入らないと暴力に訴える事は無くなった。「どうせ俺のこと馬鹿だと思ってんだろ」と不貞腐れる事はあったけど。
が、同時にほとんど家に帰ってこなくなった。朝帰りなんてのはしょっちゅうで、時には2~3日家を空けている事すらあった。
最初は「忙しいんだな」と思っていたけど、段々家計の財政は悪化していった。
どうやらこの頃、仕事が殆ど入ってこず半ば失業同然の状態で、母親(父方の祖母)に年金を振り込んでもらい、それを生活費として入れていたらしい。
プライドも高かったから、「今更転職して、誰かの部下になるなんて耐えられなかったんだろう」とお袋は語る
実際、サラリーマンをこれでもかと嘲笑ってて、「人間は使う奴と使われる奴の二通りしかいない」が持論だったから。
学歴厨の癖に、肝心の学歴は全く活かせて無い様だった。


525: 名無しさん@HOME 2014/08/27(水) 21:38:59.97 ID:keDLrYlAl
続き

そして高3の年末。何とか親父を家に引っ張り戻し、「これからは一家4人で頑張って良くして行こう」と皆で願掛けに行った。
今までの傲慢ぶりは何処へやら、すっかり大人しくなっていた親父に、俺たちも安心しきっていた。
次の日から、親父は家に帰ってこなかった。
多分、近場の神社でお参りをしている間、既に腹の中で逃げ出す算段をつけていたんだろう。
もうてんやわんやで、父方の祖母から「よくも息子を追い詰めたな!」と電話が来たり、一気に収入がガタ落ちして家賃を払えなくなり、俺と兄貴、お袋の三人はそれまで住んでいたマンションを追い出された。
幸いだったのは、兄貴が既にバイトと大学を両立していた事、俺が高校卒業間近だった事、そしてかなり早い段階で安アパートを見つけられた事だ。
ちなみにそのマンションは既に畳む間近だったそうで、俺たちが出て行って数日もしない内に誰も住んでいない空っぽのビルになっていた。

それから2年、俺たち親子は全員でバイトとパートをしつつ、家賃と生活費を出し合う形で生活を維持している。
その間、親父からロミオメールが来たりする事はなく、何処かで親父の遺体が発見されたとかのニュースが届くわけでもなく、ずっと音信不通。今頃何処で何をしているのか、というか生きてさえいるのか、何にも分からない。
まあ自分の親戚にも知り合いにも横暴に接してたから、そういった人の所に転がり込んでるという事は無いだろう。
それに正直に言うと、親父が居たよりずっと平和だと俺は思う。3人でとんとんという所に、40後半のニートを抱える余裕なんてあるわけが無い。
お袋は離婚届を出す事を考えているそうだ。

我が親ながら情けない事に、親父は「結婚してはいけない部類の人間」だったんだと思う。家族にも、仕事にも、そして自分にも責任を持てず逃げ出したわけだから。
一度「どうしてあんな男と結婚したのか」とお袋に聞いてみた事があって、そうしたら「他の平凡な人達より変わってて新鮮だと思ったから」と答えた。「それは『変わってる』じゃなくて『変』なんだ」と言うと、苦笑しながら肯定していた。
俺もあの親父の血を引いている以上、何処かで似てしまわないとは限らない。少なくとも顔つきはだんだん似てきたと思う。
だからせめてあんな男には、あんな父親にはなりたくない。

その前に相手居ないけど。




修羅場

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